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日本海 その深層で起こっていること [読書メモ2016]

『日本海 その深層で起こっていること』 蒲生俊敬 2016/02

日本海 その深層で起こっていること (ブルーバックス)
著者は東京大学大気海洋研究所教授。 日本海の深層海水循環などについての本。

 日本海は全海洋の0.3%を占めるに過ぎない。ところがどうして、日本海は独立した海洋としての機能をりっぱに備えている。日本海の深層循環系は、それだけで完結しているという点で、世界の海洋大循環系のミニチュア版とみることができる。
 日本海の最大水深は約3800m、中央に大和堆(こんもりと盛りあがった隆起部)がある。大和堆の頂上部は236mの深さ。4つの海峡、間宮(タタール)海峡、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡で周囲の海域とつながる。海峡の深さは、それぞれ約10m、50m、130m、130m。日本海の平均水深1667mと比べて大変浅い。つまり日本海という風呂桶は、強い閉鎖性をもっている。そのため干満の差が小さい。
 現在の日本海に流れ込む海流は「対馬暖流」だけ。
 冬の日本海は巨大な「造水装置」。大量の海水を蒸発させて淡水を作り、それをそっくり(雪として)日本列島に供給してくれる。
 海水は冷やすほど、塩分が高いほど重くなる。重くなった海水は、水深何千mもの深海底まで沈み、海水は上下にかき混ぜられることになる。このような海水の循環は「熱塩循環」とよばれる。
 黒海も日本海同様の閉鎖海域であるが、重い表面水を沈降させるメカニズムが備わっていない。そのため、表層から下では酸素は有機物の分解のために急速に失われ、水深150mから下では酸素濃度ゼロの”死の海”となっている。
 海水に含まれる酸素ガスの濃度は、熱塩循環の(経過時間の)指標として大変有効。炭素同位体C14でも経過年数が推定できる。
 コンベアーベルト(世界規模の循環)が一巡する時間スケールは1000年から2000年。日本海のコンベアーベルトは100から200年で循環している。
 日本海の深海盆では、深さ約2000mを境目としてその下側に、鉛直方向にきわめて均一な水温を示す冷たい海水が普遍的にひろがっている。一般的な外洋では海底にいたるまで水温はじわじわ低下し続けるのがふつう。
 日本海深層水中の酸素濃度が、じわじわと減少している。グローバルな気候変動(温暖化)の影響と想像される。

右傾化する日本政治 [読書メモ2016]

『右傾化する日本政治』 中野晃一 2015/07

右傾化する日本政治 (岩波新書)
著者は上智大学国際教養学部教授。 日本政治の右傾化に警鐘を鳴らす本。

 右傾化の本質は「新右派転換」と呼ぶべきものである。つまり旧来の右派がそのまま強大化したのではなく、新しい右派へと変質していくなかで起きたものなのである。
 新右派転換によって政治座標軸が右にシフトする傾向は日本に限ったことではなく、過去30年ほどの世界的な潮流といえる。
 日本における新右派転換は、「新自由主義(ネオリベラリズム)」と「国家主義(ナショナリズム)」の組み合わせによって形成されている。
 日本において55年体制下、自民党政治のあり方を担った政治勢力を本書では「旧右派連合」と名づける。
 新右派転換を日本に導き入れたのは、中曽根康弘。
 自社さ政権の枠組みの崩壊と軌を一にして、(橋本政権になって)歴史修正主義バックラッシュが始まった。
 小泉(政権)に取り立てられた中堅若手のほとんどが、歴史修正主義者を数多く含む国家主義的傾向の強い政治家たちであった。 この時期の民主党は地道に党勢を拡大していたのであるが、それは自民党というよりも野党陣営の他党とりわけ社共両党から議席を奪取してくるかたちになっており、まさに政党システム全体の新右派転換がさらに進捗するという様相であった。
 (安部政権になって)安全保障が守るとする対象が国民国家からグローバル企業に変わっているわけだが、これを覆い隠すためにことさらにナショナリズムの煽動が行なわれるようになった。
 自民党は(民主党政権時に)野党としてさらに右傾化していた。 右傾化した有権者が安倍の再登板を渇望した、というわけではなかったことは、投票率と自民党の得票数の低迷に表れている。2012年衆議院選挙の結果、政党システム全体がいっそう右傾化した。連立与党以外に議席を増やしたのは、新右派政党のみんなの党と新右派・極右政党の日本維新の会だった。
 第二次安倍政権は報道内容などに対するクレームなどの恫喝めいた圧力を織り交ぜて統制を強めていった。最大の標的は、かねてからNHKと朝日新聞グループであることは明らかで、NHKに籾井、百田、長谷川三千子などの歴史修正主義者たちを送り込んで統制を強めた。
 リベラル左派連合の再興のための基礎条件は、小選挙区制の廃止と、リベラル勢力の新自由主義との決別。

引き算する勇気 [読書メモ2016]

『引き算する勇気』 岩崎邦彦 2015/09

引き算する勇気 ―会社を強くする逆転発想
著者は静岡県立大学経営情報学部教授。 絞込みで会社が強くなるという本。

 なぜ、スターバックスに、ホットドッグがないのか? なぜ、グーグルのトップページには検索窓しかないのか? なぜ、ジャニーズ事務所に、女性アイドルがいないのか? いずれも、何かを引くことによって、自らの「引力」を生み出している。
 「品揃えを減らすと、売り上げが減るのではないか?」このように考える経営者は多い。現実はその逆だ。引き算によって、本質的な価値が引き出され、人を引きつけることができる。
 今の日本経済で量を増やし続けることは不可能だ。「量の発想」は、必ず限界に達する。
 機能過多の現状を見るのには、家電量販店の売り場に行くのが一番かもしれない。
 今日の消費者にとって問題となっているのは、選択肢が少ないことではなく、選択肢が多すぎること。その結果「何を選んでよいかが分からない」。
 引き算の発想は、決してネガティブではない。足し算は、しばしば自信のなさの表れである。「念のため」「とりあえず、この機能も」。足し算をすると、人は何となく安心する。
 「たくさんあればリスクは分散するだろう」という経営者もいるが、逆だ。足し算をして分散するのは「リスク」ではなく「経営資源」。
 引き算に成功するためには、「核となる商品」が欠かせない。何かを引き算するということは、別の何かに徹底的にこだわるということ。
 「良い引き算」は価値を生み出し。「悪い引き算」は価値を生まない。
 グーグルのトップページは「引き算の発想」。ヤフーのトップページは「足し算の発想」。
 「シンプルであることは、複雑であることよりもむずかしい」スティーブ・ジョブズ。
 消費者ニーズの多様化が進む今日、「平均値」には実体がない。

こうして、世界は終わる [読書メモ2016]

『こうして、世界は終わる』 ナオミ・オレスケス 2015/06

こうして、世界は終わる――すべてわかっているのに止められないこれだけの理由
著者はハーバード大学教授。 地球温暖化を警告する本(フィクション)。

 本書では西洋文明(1540-2093)の終焉から300年後の歴史家が過去を振り返るという設定。
 1988年が「暗雲期」の始まり。その年、科学界と政界の指導者が、科学と政治を結びつける新たな組織である、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)を創設した。
 中国は人口抑制策をとり、炭素系エネルギーから他のエネルギー源への転換をはかった。2050年にはその効果がはっきり現れ、中国でのガス放出量が急速に減少した。このとき中国の後を追う国があれば、ここで語られる物語は、ずいぶん違ったものになったかもしれない。
 2009年は西洋世界が自分たちを救う”最後にして最大のチャンス”と考えられていた。しかし(温暖化防止の)会議の少し前から、IPCCの結論の根拠となった研究を行なった科学者らに対し、疑義を呈する大規模なキャンペーンが繰り広げられた。
 2010年、夏の暑さで、ロシアでは5万人が死んだ。2023年には世界中で50万人が命を落とした。
 21世紀初頭には、カーボン・ニュートラルの世界へ移行するための手段を講じるべきだった。しかし驚いたことに、全く逆のことが起こった。世界中で温室効果ガスの放出が「増加」したのだ。
 2010年前後には、科学者の(温暖化の)予測が「過小評価」だったことが明らかになった。
 2001年、IPCCは「大気中のCO2濃度は2050年に倍になる」と予測した。実際には2042年にそのレベルに達した。気温は3.9℃上昇した。
 そして2041年、かつてないほどの熱波が襲い、世界中の作物が枯れ果てた。2050年代になると社会秩序が崩れ始め、政府が倒された。2060年には、夏季の北極で氷が見られなくなった。気温は2001年に比べ11℃も上昇した。南極氷床とグリーンランド氷床が崩壊し、海面が7m上昇した。世界の人口の20%が住む場所を移動し。全生物の7割が死んだ。
 中国ではやや事情が違った。強力な中央政府がいちはやく内陸に都市や村を作り、生存率は80%を超えた。

だから人間は滅びない [読書メモ2016]

『だから人間は滅びない』 天童荒太 2015/11

だから人間は滅びない (幻冬舎新書)
著者は作家。 社会を「つなぐ」活動をしている人々との対談集。

 私が最も危機感をおぼえている事象・状況は、人々の孤立化です。
 首都圏で高校生と学生のボランティアスタッフが語り合うキャリア教育プログラム「カタリ場」を運営してきた「NPOカタリバ」の代表理事、今村久美さんとの対談: 
 今村:実は、(震災)遺児の子の金銭感覚がちょっとおかしくなっている。親を亡くしてかわいそうだから、周りの人がたくさんお小遣いをあげてしまったりね。
 天童:子供達がよく、「分からない」って言葉を、さも分からない自分が正しいかのような態度で口にするようになった。「分からせない」相手が悪いのだとばかりに堂々と述べ、相手を責めさえする。
 今村:分かります。今、子供たちは完全なものだけを提示されている。完全なものだけを消費しながら、不完全なものを見ないようにしている。 今の子供達が気の毒だな、と感じることがあります。発想がコンビニ的というか合理的で。合理的でないものの価値をもうちょっと大切にしないと。
 農家出身の若者”こせがれ”を実家に戻す活動をしている、NPO法人「農家のこせがれネットワーク」の代表理事、宮治勇輔さんとの対談:
 宮治:いざ実家に帰っても、オヤジさんとそりが合わなくて、また飛び出していってしまうというケースが結構多い。オヤジさん世代はいかに効率的に農業するか、農薬をまいて、農協の言うとおりに、農事暦に従って農業をやる。こせがれは、いいもの、有機無農薬あるいは減農薬で直接販売したい。全くかみ合わないわけです。
 農業界は高齢化、後継者不足というのが叫ばれているけれど、自分なりに問題点を考えたとき、生産者の名前が消されて流通していることと、価格の決定権がないことだと気づいた。
 100人新規就農者を作るよりも、1人の地域を先導するリーダーを育てるほうが農業界にインパクトがある。
 手でこぐ三輪自転車「ハンドバイク」を作った宇賀神溶接工業所代表の宇賀神神一弘さんとの対談:
 天童:100円ショップが、人の「もの」に対する適正な価値感覚を壊してしまったんじゃないか。幼い時から100円ショップに慣れた世代は、ものの適正価格を常に低く見積もり、どんなものでも100円くらいで買えるんじゃないかと思ってしまう。
 宇賀神:そういう意味では、ヨーロッパは成熟している。いいものはいいという考えが受け継がれている。
 天童:スイスの時計とか。

知っておきたい感染症 [読書メモ2016]

『知っておきたい感染症』 岡田晴恵 2016/02

知っておきたい感染症: 21世紀型パンデミックに備える (ちくま新書)
著者は白鷗大学教育学部教授。 近年流行した感染症についてまとめた本。

 そもそもエボラ出血熱はアフリカ中央部の風土病で、これまで20回以上起こったアウトブレイクも、数十人から500人程度の感染者で終息を見ていた。しかし、近年の交通の発達によって、2014年の流行では、エボラウイルスが人口密度の高い都市部に侵入、大きな流行を起こした。
 エボラ出血熱やSARS、MERSも動物由来の感染症である。密林や森林の開発が盛んに行われ、人間が野生動物の生息エリアに立ち入る機会が激増し、感染するリスクも増加している。
 地球人口の増加と高速大量輸送を背景としたグローバル化社会の中で、ここ40年、さまざまな新興感染症が発生し、流行を起こしては世界に拡散していった。 人類という一つの種族だけが突出して増え続けている状況は、人間社会での感染症の大流行を予想させる。
 エボラ出血熱は、必ずしも出血症状を伴わないので、WHOでは2014年から「エボラウイルス病」と表記している。ただ、日本では、感染症法で「エボラ出血熱」としているため、こちらの表記が多い。
 鳥インフルエンザウイルスが突然変異して人に感染するようになったものが「新型インフルエンザウイルス」。
 不思議なことに、家禽類には猛毒のウイルスも、多くの水禽類(カモ、アヒルなど)では多くが不顕性感染または軽症に終始する。
 ネコの感染実験では、H5N1型鳥インフルエンザウイルスは致死的な全身感染を起こした。ネコやトラなどのネコ科の動物は、このウイルスに高い感受性を示す。
 日本の医療体制では、致死率が2%を超える新型インフルエンザの大流行では、医療機関の対応能力の限界を超えてしまう。
 H7N9型鳥インフルエンザは弱毒型で、感染経路の解明が困難。H5N1型強毒型の場合、感染した家禽は、ほぼ100%が斃死してしまうので、すぐに異常に気がつく。
 SERSやMERSも昔であれば地方の風土病に留まっていた可能性が高い。SERSは本来の宿主動物(コウモリと推定されている)と共存していたコロナウイルスが、偶発的に宿主を乗り換え、人に侵入したもの。
 デングウイルスの感染症には、デング熱とデング出血熱がある。デング熱はほとんどの場合、治る。別の型のデングウイルスに再感染した場合、デング出血熱という致死率の高い重篤な疾患を起こすことがある。

4月第4週に読んだ本(まとめ) [既読一覧]

『なぜデータ主義は失敗するのか?』 クリスチャン・マスビェア 2015/07
『株の原則』 邱永漢 2015/11
『ぼくらの民主主義なんだぜ』 高橋源一郎 2015/05
『ベスト珍書』 ハマザキカク 2014/09
『ぼくらの頭脳の鍛え方』 立花隆・佐藤優 2009/10
『書生の処世』 荻原魚雷 2015/06

なぜデータ主義は失敗するのか? [読書メモ2016]

『なぜデータ主義は失敗するのか?』 クリスチャン・マスビェア 2015/07

なぜデータ主義は失敗するのか?:人文科学的思考のすすめ
著者はコンサルタント会社ReDアソシエーツの創業パートナー。 人文科学的な問題解決法を紹介する本。

 (従来的)直線的で合理的なアプローチ(デフォルト思考)が有効な場合がある一方で、一筋縄ではいかない、霧の中を進むような課題については、哲学や歴史、芸術、人類学といった人文科学で用いられる問題解決法が役に立つ。この問題解決法を「センスメイキング」(意味を見いだすこと)と呼ぶ。
 デフォルト思考とセンスメイキングは、道を進むためのツールとして互いを補完しあう。どちらもきわめて有効なアプローチだが、それぞれ適した用途が異なる。
 デフォルト思考的手法では、仮説を立てて問題の性質を特定し、データを分析して問題の所在を突き止める。
 大局的な洞察(インサイト)=<霧の晴れる瞬間>をもたらすのが、仮説形成的推論(アブダクション)という方法。すなわち、入手可能な最良の情報と非直線的な問題解決法を用いた仮説の形成と評価にもとづく推論方法。これを実践的な問題解決に応用した手法がセンスメイキング。
 センスメイキング5つのフェーズ:①問題を現象としてとらえる ②データを集める ③パターンを探す ④鍵となる洞察を生み出す ⑤事業にインパクトを与える。
 センスメイキングで重要な手法の一つがエスノグラフィー的調査。あらかじめ仮説を立てず、先入観のない状態で対象者の世界に入り込み、そこで起きる現象を傍観者として観察する。
 レゴ社は問題を現象としてとらえ直すことによって、その道のりを歩みだした。「どうやって市場シェアを取り戻すか」という問いは「遊びとはどんな現象なのか」という問いに変わった。
 問題に対してパースペクティブをもつ能力は、あらゆる偉大な企業リーダーの中核に存在するものである。
 特定のパースペクティブをもつ企業はそうでない企業と比べて、製品やサービスのイノベーションが格段にうまくいく。その理由の一つは、全社員が会社の目指す新たな方向性について同じような考え方を共有できる点にある。
 パースペクティブをもつリーダーとなるための第一歩は、とにかくパースペクティブをもとうと決意することだ。
 人を正しく理解することこそ、会社を霧の中から抜け出させる鍵である。

株の原則 [読書メモ2016]

『株の原則』 邱永漢 2015/11

邱永漢の基本法則 株の原則
著者は実業家、作家。2012年没。 2000年以前に発行された本のリバイバル(たぶん)。

 投資の環境は変わったし、それにともないどんな銘柄を買おうといった株の”選手交代”はあったとしても、それに対してどんな態度で臨まなければいけないか、ということに関しては、百年たっても変わらない原則を導き出すことができる。
 経済通の助言より、自分の肌で感じた感覚が大事。
 株は自分に合った買い方をする以外に方法はない。ただ一ついえることは、人気が加熱状態にあるときに、株を買うのはダメ。
 みんながいいといっても、自分で納得できないかぎりは、買うべきでない。
 財産三分法は、大正時代から昭和10年ごろまで、日本の貨幣価値があんまり変わらなかった時代の、しかも、お金持ちの人に対するアドバイス。
 結局、こういう会社が伸びる、という判断基準を決めるのは、とてもむずかしいし、公式なんてあるはずない。つねに時代の変化に気を配っているしかない。
 基本的に株に向いている人と、向いていない人がいる。少なくとも、損をしないことばかり考えている人は、株に向いていないといえる。
 (記事が出る)そのまえに、こうなるんじゃないか、と自分で考えて、新聞記事に出ていないときに、売ったり買ったりするのが本筋。
 株は、チビリチビリ買い、チビリチビリ売るのがコツ。
 どんなに勢いよく上がっている株でも、かならずどこかで頭打ちをする。その上値がいくらになるのか、これがわかれば苦労はない。いくら過去の値段を調べてもわからない。
 株式投資では、他人に責任を転嫁できない立場に自分を置くことが必要。
 人間が大きなチャンスを逃すのは、多くの場合、固定観念に縛られてしまって、新しい発想でものごとを判断できなくなっているから。

ぼくらの民主主義なんだぜ [読書メモ2016]

『ぼくらの民主主義なんだぜ』 高橋源一郎 2015/05

ぼくらの民主主義なんだぜ (朝日新書)
著者は作家、明治学院大学教授。 朝日新聞「論壇時評」を再編集した本。

 「原発」のような「政治」的問題は、遠くで、誰かが決定するもの。わたしたちは、そう思いこみ、考えまいとしてきた。だが、そんな問題こそ、わたしたち自身が責任を持って関与するしかない、という発言を一企業(城南信金)が、その「身の丈」を超えずに、してみせること。そこに、わたしは「新しい公共性」への道を見たいと思った。
 原発は、様々な「被曝労働」を必要としている。その中でもっとも危険なものの一つは、定期点検中の清掃作業で、それを担当する下請け作業員は「農村や都市スラムから動員される」のだ。そして、彼らの姿は、「電力の消費地帯としての東京」からは見えないのである。
 地方から溢れ出るエネルギーを吸収し発展した東京にも、衰微の影は濃い。打ち砕かれた東北とは、実は、この国の明日の姿そのものなのだ。だとするなら、東北から、新しい社会の仕組みを見いだす手だてを見つけるべきなのかもしれない。
 北朝鮮の「ミサイル」発射の件もなんか変な気がするんだよ。海外のメディアは「ロケット」と呼んでいるみたいだけど、日本にいると、目に飛び込んでくるのは「ミサイル」ということばだ。そんな違い、なんか意味あるのかな。っていうか、その「ミサイル」より、アメリカ軍が持ち込んでいるかもしれない核兵器や福島第一原発4号機の燃料プールの方がずっと怖いと思っちゃうのは、ぼくに「常識」がないからなんだろうか。
 うたぐり深い人はいて、「デモで社会が変わるのか?」と問うのである。それに対して柄谷行人は、こう答える。「デモで社会は変わる、なぜなら、デモをすることで、『人がデモをする社会』に変わるからだ」。
 大内裕和は、こんなエピソードを紹介している。「多くの大学で起こっていることだと思いますが、ゼミの合宿やコンパを実施することがこの数年間とても難しくなっています。それは学生にアルバイトの予定が入っているからです。(中略) この数年間は、テスト前とテスト期間にさえ休めないという学生が増えています」。
 アメリカ人作家スーザン・ソンタグはこんなことをいっている。「もし真実と正義のどちらかを選ばざるをえないとしたら、真実を選ぶ」。いまのことばを朝日新聞に贈りたい。「誤報」問題が起こったのは、自分たちの「正義」を絶対視してしまったからであるように思えるのだ。