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歌うカタツムリ [読書メモ2017]

『歌うカタツムリ』 千葉聡 2017/06

歌うカタツムリ――進化とらせんの物語 (岩波科学ライブラリー)
著者は東北大学東北アジア研究センター教授。 カタツムリの進化研究を歴史的に解説する本。

 およそ200年前ハワイの古くからの住人たちは、カタツムリが歌う、と信じていた。 結局このカタツムリの謎は、完全には解けぬままとなった。なぜならハワイのカタツムリたちは、20世紀に入ると忽然とその姿を消してしまったからだ。
 宣教師ギュリックはハワイマイマイ類が島ごと、あるいは谷ごとに隔離されて、多様な種に分かれていることを見出し、1872年に「ネイチャー」誌に発表した。 同じような環境に住み、同じ餌を食べているにもかかわらず色や形が互いに異なっている。これは自然選択による適応では説明が難しい現象だった。 1888年ギュリックはハワイマイマイ類の地理的変異にもとづく種分化の理論を発表した。 地理的にひとまとまりとなった集団のなかでは種分化は起こらない。種分化が起こるためには、地理的に隔離されなければならない。そして種分化は集団が持つ性質がランダムに変化することで起きる。
 こうしたギュリックの研究成果は、ダーウィニストであったウォレスから批判を浴びた。ウォレスは、生物のあらゆることが適応=自然選択で説明できると考える「適応主義者」だった。
 1930年、フィッシャーは『自然選択の遺伝学的理論』を出版。 フィッシャーの前に現れたライバルがライト。
 ライトは「遺伝的浮動」を数学的に定式化した。メンデル遺伝学と、ギュリックが着想した性質のランダムな変化による進化のアイデアを結びつけたものであった。
 ハワイマイマイ類を滅ぼした主犯はヤマヒタチオビ(カタツムリを食べるカタツムリ)。農業害虫のアフリカマイマイを駆除するために、人間がフロリダから持ち込んだ。タヒチやバミューダでも同様なことが起きている。
 2001年、小笠原の父島ではカタマイマイが絶滅していた。滅ぼしたのはニューギニア産のウズムシ。1990年代に父島に持ち込まれ、固有のカタツムリをほぼ全滅させた。ウズムシを持ち込んだ理由も、アフリカマイマイの駆除。
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