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国旗で読む世界地図 [読書メモ2015]

『国旗で読む世界地図』 吹浦忠正 2003/06

国旗で読む世界地図 (光文社新書 (102))
著者は埼玉県立大学教授。 世界の国旗の特徴をまとめた本。

 バングラデシュを境に、東は赤、西は緑。 バングラデシュ以東の国の国旗は、全部、赤がどこかで用いられ、緑がない。バングラデシュ自体は赤と緑。
 三日月に星、緑赤白黒はイスラム諸国。イスラム諸国では、青はほとんど用いられていない。
 赤十字はスイスの国旗の反転、赤新月社はトルコ国旗の反転を元にしている。
 ヨーロッパの国旗には星がない。例外がボスニア・ヘルツェゴビナ。
 旧ソ連諸国はロシアを嫌ってか、白青赤(ロシア国旗の色)がない。
 ルーマニアとチャドの国旗は全く同じ。モルドバはルーマニア国旗に紋章を付けたもの。アンドラはモルドバの紋章違い。 他に、モナコとインドネシアも全く同じ国旗。
 現在も社会主義の象徴として国旗に星を用いているのは、中国、北朝鮮、ベトナム、アンゴラ、モザンビーク、ジンバブエだけ。
 厳密にいえば、実は最近「日の丸」のデザインが変わった。1999年の国旗国歌法で、1870年の太政官布告第57号が廃止されたため。旗の縦横比と円の中心位置が違っていた。
 最初に三色旗を国旗にしたのはオランダ。ついでロシア、フランスと広まった。オランダ国旗の最上段は今では赤であるが、元々はオレンジ。独立戦争時のオランニェ(オレンジ)公ウィレム一世にちなんだ。
 エジプトの国旗には国名が書かれている。
 レバノン国旗にあるレバノン杉は、現在では1200本しか残っていない。
 カナダ国旗の両側の赤は太平洋と大西洋を意味する。
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文章は「書く前」に8割決まる [読書メモ2015]

『文章は「書く前」に8割決まる』 上阪徹 2011/09

文章は「書く前」に8割決まる
著者はフリーランスのライター。 ビジネスパーソン向けに文章の書き方を教える本。

 私が文章を書けるようになった理由は、「書き始める前」にあった。
 何より強く意識しているのは、「読んでいる人に、どうすればもっとも伝えたいことが伝わるか」。
 「文章技術」以前に「誤字脱字」にこそ注意。
 難しい言葉、借り物の言葉を使わない。自分が理解していないことは、相手にも理解させられない。
 自分の「お手本」を見つける。私の場合は週刊誌「AERA」の記事。
 テレビや新聞の「紋切り口調」には要注意。慣用句は使わない。たとえば「未知数である」「懸念をはらむ」「警鐘を鳴らす」など。こうした慣用句を使うことで、「わかったようで、実はよくわからない」という状況がしばしば生まれてしまう。
 なかなか読み進められない文章というのは、自分と読むリズムが合っていない。
 結局のところ文章が書けるようになった理由は2つ。ひとつは、良質な文章を読み続けたこと。もうひとつは、そこで身体に染みついた文体やリズム、構成の基礎をベースに、自分の文章を修正していくことができるようになったこと。
 「読み手」を意識する。誰に読ませたいのかが明確であれば、文章は書きやすい。
 「文章」を書こうとしない。しゃべるつもりで書けばいい。
 「形容詞」はできるだけ使わない。そうすると自然に具体的な事実を使って説明しなければいけなくなる。
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日本共産党と中韓 [読書メモ2015]

『日本共産党と中韓』 筆坂秀世 2015/06

日本共産党と中韓 - 左から右へ大転換してわかったこと - (ワニブックスPLUS新書)
著者は元日本共産党参議院議員・政策委員長。 日本共産党の主張が歴史的にどのように変わってきたかという本。

 40年を共産党員として生き、幹部として活動していく中で、共産主義はしょせんユートピア思想に過ぎないことを思い知った。
 日本共産党は、党員の義務として「党大会、中央委員会の決定をすみやかに読了し、党の綱領路線と科学的社会主義の理論の学習につとめる」とされている。つまり、党大会や中央委員会の決定は、議論によって練り上げるものではなく、「学ぶ」対象なのである。
 戦前の日本共産党は、ソ連共産党が指導するコミンテルンの日本支部であった。「三二年テーゼ」では、戦争を内乱に転化し、共産革命を成功させることが最終目標だった。
 コミンテルンは日米戦争を帝国主義間の戦争と見ていた。ところが日本が敗戦した途端、連合国側は自由と民主主義、反ファッショの陣営として美化された。スターリンのどこが反ファシズムなのか。
 私が日本共産党に入党した頃、「文化大革命」をめぐって、日本共産党と中国共産党は大喧嘩の最中だった。中国共産党は日共・宮本修正主義の打倒を呼びかけていた。昭和40年代の朝日新聞は文化大革命を絶賛していた。読売新聞も同様だ。 平成10年(1998)、日本共産党と中国共産党は、32年ぶりに関係を正常化した。
 1960年代、日本共産党は韓国の朴政権を認めておらず、朝鮮半島の唯一合法政府は北朝鮮という立場だった。朝鮮戦争は当初アメリカが仕掛けたものと規定された。
 日本共産党は「河野談話」が出た時には「『強制的な状況』をいうなら、いかなる権力機関によってどのような状況のなかでおこなわれたのか、いっさいの事実が明らかにされなければなりません。」と批判した。 
 離党後にいろいろな本を読んでみて、初めて自分自身が東京裁判史観に侵されていたことを痛感することとなった。日本共産党の東京裁判の見方はこじつけに過ぎない。本来裁く法律などなかったのである。
 日本共産党は、東日本大震災の事故以来、脱原発を掲げているが、戦後一貫した立場は、原子力の利用であったことも忘れてはならない。
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自動車王フォードが語るエジソン成功の法則 [読書メモ2015]

『自動車王フォードが語るエジソン成功の法則』 ヘンリー・フォード 2012/08

自動車王フォードが語るエジソン成功の法則
フォードが語るエジソンのエピソードをジャーナリストのサミュエル・クラウザーがまとめた本、を翻訳したもの。

 エジソンは必要ならば事業のやり方まで発明した。「最初の年、ランプを作るのに1ドル25セントかかった。これを40セントで売った。次の年はコストが70セントになったが、やはり40セントで売った。4年目に37セントで作れるようになった。1年間でそれまでの損失を取り戻した。最終的にコストは22セントまで下がった。これを40セントで売って数百万ドル稼いだ」
 「まず適正な価格を決め、利益を生むまで大量生産によってコストダウンをはかるという事業プランを始めたのは私(フォード)だと世間では信じられているが、エジソンはずっと昔にそれをやっていた」
 フォードは最初、エジソンの会社に入るが、のちに独立して自動車王への道を歩む。
 1896年私はエジソン氏に始めて会った。当時私はデトロイト・エジソン・カンパニーの技術主任になっていた。エジソン代表者会議で、話題は乗物用の蓄電池の充電だった。その席で「ガソリン車を作った若者がいます」と紹介された。エジソンは興味を示し、「きみ、それだよ、がんばって続けなさい。電気自動車は発電所の近くに居なければならない。バッテリーは重すぎる。」といった。世界で最もよく電気を知っている人が、この目的に対してはガス発動機のほうが電気モーターより適していると言ってくれたのだ。
 エジソンは公立小学校で3ヶ月しか教育を受けていない。あとは母親が引き取って教育した。彼はすぐに本を読むことをおぼえた。9歳のとき最初に読んだ科学に関する書物は、リチャード・パーカーの『自然と実験の摂理』だった。その本には、当時知られていた科学のほとんどすべてが書かれていた。
 金は、エジソンにとっては、いつでも実験のために必要な、単なる手段でしかなかった。
 我々の今日の繁栄は、電力の使いやすさと通信の利便性なしには達成不可能であったろう。これらすべての背後にエジソンがいるのだ。
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月3万円ビジネス 100の実例 [読書メモ2015]

『月3万円ビジネス 100の実例』 藤村靖之 2015/07

月3万円ビジネス 100の実例
著者は非電化工房代表。日大工学部客員教授。 月に3万円しか稼げないビジネスを紹介する本。

 「月3万円ビジネス」は競争から外れたところにあるビジネスだ。だから、たくさんある。
 約束ごとは、①いいことしか仕事にしない ②分かち合う ③支出を減らす ④ノーリスク ⑤2日しかかけない ⑥みんなで生み出す ⑦インターネットでは売らない。 以下実例
 天ぷら油で走る車(への改造):天ぷら油の廃油は粘っこいので、寒い時には、エンジンの始動時と停止時だけは軽油に切り替える。つまりタンクを一つ追加する。SVO(ストレート・ベジタブル・オイル)と呼ばれる。普通のディーゼルエンジン車をSVOが使えるように改造する。要する時間は半日程度。ひと月に1台だけ3万円で引き受ける。
 非電化冷蔵庫をつくる(作り方を教える):モノの表面から赤外線が放射されるとモノは冷える。この放射冷却を積極的に起こさせて水を冷やす。 「モノ作りワークショップ」は月3万円ビジネスとの相性が良い。
 箒(ほうき)をつくる:名人と同じような箒をつくることは、実は難しくない。材料の「箒もろこし」の栽培は難しくない。5月に植えれば9月には刈り入れができる。名人の秘訣は箒もろこしをより分けて粒揃いにすること。
 デカ・スイッチ(への切り替え):ドイツやデンマークなどでは照明のスイッチはバカデカイ。10cmX10cmくらいが平均。指ではなく、掌や肘で操作する。スイッチが大きいと、小まめに消すようになる。
 軽キャンで巡業:軽キャンは軽トラを改造したキャンピングカー。ツーバイフォー材とベニア板で、費用は1万円ほど。
 遺影ビジネス:他界予備軍の内に、深みのある写真を撮影して上げる。代金は10万円。3ヶ月に1人しか引き受けないことにする。仕事量は月に1日。
 高級味噌:美味しい味噌をつくるには、麹を自分で作ってタクサン混ぜればいい。大豆と麹の重量比を1:1ではなく、1:5にする。麹をつくるのは難しくない。蒸米に種麹を少し混ぜ、あとは温度管理をすりだけでいい。ワークショップに繋げることもできる。マルシェなどで販売するだけでも月3万円ビジネスになる。
 美味しいワイン:酵母ビジネスは、月3万円ビジネスの宝庫だ。糖度の高い100%ぶどうジュースに自作の酵母を少量入れて、空気中の浮遊菌が入らないように注意しつつ、温度を適切に保つ。1週間もすれば、美味しいワインが出来上がる。 
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一行力 [読書メモ2015]

『一行力』 岩永嘉弘 2004/04

一行力
著者は明治製菓宣伝部を経て独立。 一行で効果的に伝えた例の紹介と鍛錬法を指南する本。

 「造反有理」や「リメンバー・パールハーバー」は世界を大きく変えてしまった一行。これらの一行には、人々のもやもやとした気分を凝縮して、行動に移させる力があった。同じ言葉でも、短いフレーズで一気に感情を揺さぶる力。エッセンスが凝縮され、誰にでもわかりやすい明快な一行となってはじめて大きな力を発揮します。
 「おいしい生活」:1982年の西武百貨店のキャッチコピー。作者は糸井重里。この一行がすんなり受け入れられたのには下地がある。1960年公開の映画『甘い生活』。 糸井さんは嘆いているのですが、この「おいしい」という言葉は彼が考えたように、新しい生活の提案とは受け取られず、「おいしい話」とか「おいしい仕事」というように、苦労なくして得をするといったニュアンスで使われるようになってしまった。
 「わかっちゃいるけどやめられない」:植木等が歌ったスーダラ節の一節。作詞は青島幸男。 お父さんの植木徹誠(てつじょう)は浄土真宗の僧侶。「これは親鸞上人がおっしゃっていることそのものだ。素晴らしい歌だから、おおいに歌って世間に広めなさい」といったとか。かなしいかな人間というものは、マズいなと思ってはいても、ついつい浮世の誘惑に溺れてあがくものです。理性と感情の葛藤ということです。
 「清く、正しく、美しく」:もとは戦前の教科書に載っていた道徳訓。タカラジェンヌかくあるべしと、小林一三が宝塚歌劇に残した遺訓でもあります。三連続たたみかけというのは、吉野家の「早い、うまい、安い」とか、クルマのコピー「くうねるあそぶ」などで使われた手法。
 「これでいいのだ」:天才バカボンのパパはこう断言するのだ。「これでいいのだ」は、ことの是非を超越しているのだ。道徳も世間常識も、全く関係ない。これをキリスト教なら「神のご意思」、仏教なら「縁」といい、イスラム教なら「アラーの思し召し」と呼ぶのだ。
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アラマタ珍奇館 [読書メモ2015]

『アラマタ珍奇館』 荒俣宏 2000/05

アラマタ珍奇館―ヴンダーカマーの快楽
著者は文筆家。 世界的な珍品収集の歴史やその収集物についてのうんちくの本。

 ヴンダーカマー、英語だとワンダー・チェンバー(部屋)。ヨーロッパが世界とつながり、さかんに奇妙な品物を輸入し始めた16世紀に貴族や豪商がすさまじいばかりのヴンダーカマーを築き上げた。こうした珍品奇品からよいものだけをピックアップして始まったのが近代の博物館。
 日本にも、偉大なヴンダーカマーが栄えた時代があった。たとえば江戸末期の「耽奇会」。耽奇会はぜんぶで20回も開かれた珍品自慢会。メンバーのひとりは『南総里見八犬伝』の曲亭馬琴。
 珍品・奇品・古物、ガラクタと学術資料のゴッタ混ぜ、これがヴンダーカマーの特質であり、人々の心を熱くするポイント。
 著者のコレクションで珍本奇本のトップは、1984年アメリカで刊行された『フランケンシュタイン』。カヴァーのまん中に、フランケンシュタインの片手が、もりもりと盛り上がっている。この手は山羊皮の上に絵具を塗ったもので、盛りあがった中身は合成樹脂だという。
 日本人コレクターの先達が志賀重昂(しげたか)。ダーウィンを乗せたビーグル号の船材(船の一部)が彼のコレクションとして岡崎市郷土館に展示されている。その船材には東郷平八郎元帥のサインも入っている。後の調査で、日本に売られたのはビーグル号の2代目だというのが今の通説になっている。(1代目は行方不明)
 島津創業記念資料館は目を丸くするような珍品を揃えた企業博物館の雄だ。まずは感応起電機(1884年製)。静電気で高電圧を発生させる。島津はこの静電気を電力原にして日本初のX線写真撮影装置を稼動させた。明治29年のことである。
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考えるマナー [読書メモ2015]

『考えるマナー』 赤瀬川原平ほか11名 2014/07
 
考えるマナー
著者は赤瀬川原平、井上荒野、劇団ひとり、佐藤優、高橋秀実、津村記久子、平松洋子、穂村弘、町田康、三浦しおん、楊逸、鷲田清一。 読売新聞掲載のマナーなどについてのエッセイをまとめた本。

 ある日友人が「万能のスピーチ」を教えてくれた。それは「〇〇や君たちがいて僕がいる」というものだ。「〇〇」を入れ替えれば、どんな場面にも応用可能らしい。 これを裏返せば「〇〇や僕たちがいて君がいない」の万能弔辞となる。(穂村)
 「ヒゲってのは、なんのためにあるんでしょうか」と突然疑問を投げかけた私に対し、A氏は「僕の場合『顎はここまで』と示すためです」。そうか、顎ヒゲは境界線のようなものだったのか!(三浦)
 5本指ソックスを衆目にさらすとき、10本の指は勝手にもじもじ君になってしまう。たった2年で5本指ソックスなしでは困るカラダになってしまった。座敷に上がる日は先端の5本指部分だけのソックスにふつうのソックスを重ねばき。(平松)
 タレントが胸元に着けているピンマイクは、小さなクセに値段は10万円はくだらない代物。水に関しては弱いので特に芸人はその点で気を使わなくてはならず、プールに突き落とされる直前に本人が外しているなんて事はよくある話。(ひとり)
 映画の中の恋人たちは美しいが、現実の町で見かける恋人たちの多くは美しくない。外国人の柔道がなんとなく柔道にみえないように、日本人のいちゃつきは、多分どこか根本的におかしいのだ。(穂村)
 今流行りの「キラキラネーム」などは、あきらかにがんばりすぎである。がんばりすぎた名前をつけられた子供は、何をがんばるより先に名前と張り合ってがんばらなければならないので、なかなかに厄介な人生を約束されてしまうんですよと、私は重ねて言いたい。(井上)
 そもそも柔道は護身術のひとつ。柔道そのものが受け身といってもよいのではないだろうか。昨今のルールでは、自分からいかないと「消極的」だと判断されて「指導」を取られてしまう。これは本来の柔道ではない。全身受け身となって「どこからでもかかってこい」と前に出る。それこそが柔の道なのである。(高橋)
 東京は左、大阪は右。これ、駅のエスカレーターで立つべき位置である。いったいどちらが正しいのか。東京では「普通」は左で立ち、急いで駆け上がる人は「異例」として右側にくる。大阪では駆け上がるのが「普通」で左側、じっと立っていたい「異例」の者は右に寄る。いずれも「正しい者が左にくる」という点で変わりはない。(鷲田)
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新老人の思想 [読書メモ2015]

『新老人の思想』 五木寛之 2013/12

新老人の思想 (幻冬舎新書)
著者は作家。 新しい老人感、生死感が必要であるという本。

 格差は世代間にあるだけではない。経済的にも、身体的にも、高齢者間の格差ははなはだしく大きい。今の高齢社会への不安は、結局は少数の若い世代が多数の高齢者層を支えるという意識から生まれている。そうではない道を考えるべきなのだ。格差は同世代にある。それを同世代で埋めればいい。簡単にいえば、元気で資産もある老人たちが、がんばって弱い同世代を支えることを考えるべきだろう。余裕のある老人は、うんと働いて、うんと税金を払えばいいのだ。
 高齢者層は「層」ではなく、あきらかにこれは「階級」である。「若年階級」「勤労階級」「老人階級」の3つの階級である。階級というものは、対立するものだ。
 いま老人たちが妙に元気だ。さしずめ「新老人」とでもよんでおこうか。
 近代のヒューマニズムは、命の持続を無条件で肯定する。衣料も、薬剤も、介護も一つの産業である。こうして「逝けない」社会がどこまでも増殖していくのだ。
 新老人にはエネルギーがある。体力と気力はあっても、未来への展望がない。悲惨な末期高齢者の季節が待ち受けているとも予感している。
 「老人を処分せよ!」という新しいファシズム運動がおこる危険性はゼロとはいえない。敬老という習慣は、老人が古来稀ナリといわれた時代のものだ。
 現在5万人をはるかに超える百歳以上の長寿者の80%が寝たきりで要介護。元気で長生き、は理想であって現実ではない。マスコミは特別に元気なお年寄りをピックアップして紹介する。背後の世界を直視しようとはしない。
 私たちは21世紀に、それまでと違う文化をつくり出さなくてはならない。それは、老いることが自然であり死もまた当然とする文化である。自然死も、平穏死も、死そのものを肯定する文化をつくり出すところからはじまる。
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生物学の「ウソ」と「ホント」 [読書メモ2015]

『生物学の「ウソ」と「ホント」』 池田清彦 2015/03

生物学の「ウソ」と「ホント」: 最新生物学88の謎
著者は生物学者、早稲田大学国際教養学部教授。 生物学の最近のトピックを紹介する本。

 熱帯雨林には3000万種の節足動物が生息しているが、学名が付いているのは200万程度。これらの虫はある特定の林に局所的に分布しているので、その林が伐採されれば絶滅してしまう。多くの種が人類に知られることなく絶滅している。
 バクテリアからどのようにして真核生物が進化したかは長い間謎であった。米国の生物学者リン・マーギュリスは、真核生物の細胞内に見られるミトコンドリアや葉緑体は、本来は別の生物だったものが、細胞内に入ってきて共生したものだとの細胞内共生説を唱えた。ネオダーウィニズムに立脚する当時の生物学者たちは、彼女の説をバカげた妄想としたが、現在ではほぼ正しい説として広く認められるようになった。
 シーラカンスの寿命はむやみに長いようで、100歳は軽く生きるのではないか。ひょっとすると300歳くらい生きるかもしれない。魚類や爬虫類に長命な動物が多いが、哺乳類にはあまり長生きする奴はいない。イヌの最長寿命は20年、ウマは46年、マウスは3年。哺乳類の最長は、ヒトやシロナガスクジラの120年。魚類や爬虫類が長命なのは、生存率が低く、生き残ったものが卵を産み続ける必要があるため。
 春蘭という草は200年以上生きる。最長寿命は不明。スウェーデンで発見されたドイツトウヒは1万年の長寿。植物細胞は細胞分裂の回数に限界がない。
 多くの恐竜種は白亜紀末のずっと以前に滅んでいる。ティラノサウルスは白亜紀末期に現れ、300万年ほど生存したに過ぎない。
 哺乳類は単弓類という爬虫類の1グループが進化して特化したもので、系統的には爬虫類の一部。 首長竜と魚竜は恐竜ではない。
 最初に出現した有翅(し)昆虫の翅は6枚だったらしい。現生昆虫は4枚、もっとも進化した双翅目(ハエ、アブ、カ)では翅が2枚。
 動物の脳内で流れる時間は離散的で、その度合いは種類によって異なる。人間が識別できるのは1/15秒から1/60秒。蛍光灯は1秒間に100(120)回点滅しているので、どんなに感覚の鋭い人でも、点滅しているようには見えない。ハエの解像度は1/150秒程度なので、ハエには蛍光灯が点滅して見える。
 タンパク質は折れ曲がって3次元構造をとらなければ役に立たない。肉を焼くと焼肉になるのは、タンパク質の3次元構造が壊れるから。
 地球上で最大の動物はシロナガスクジラ。最大個体は34m、190トン。現存する動物で最大の種であると同時に地球の38億年の生命の歴史を通じても最大の動物。
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